何者でもない自分なら、失敗してもいい|理学療法士30年を手放して見えた景色

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30年以上続けてきた理学療法士の仕事を、私は早期リタイアという形で手放しました。定年まで勤め上げる道もあったと思います。それでも、頭も体もまだ自分の思いどおりに動くうちに辞める、と決めました。

辞めてから少しずつ、心の中の景色が変わってきました。今日は、肩書きを手放して見えてきた「気づき」を、いいことも不安なことも含めて、正直に書いてみようと思います。

「何者でもない自分」になったら、失敗が怖くなくなった

働いていた頃の私は、どこかでいつも失敗を恐れていました。専門職として、職場の中で、「ちゃんとしていなければ」という気持ちが、知らないうちに体にしみついていたのだと思います。

ところがリタイアして「何者でもない自分」になってみると、不思議と気持ちが軽くなりました。今の私は、肩書きで誰かに見られているわけではありません。だから、もし何かに挑戦して失敗したとしても、誰にも迷惑はかからない。そう自覚できたとき、ようやく「やってみてもいいんだ」と思えるようになってきたのです。

もちろん、急に何でもできる人間に変わったわけではありません。それでも、「失敗してもいい場所に、今の自分は立っている」と気づけたことは、私にとって大きな解放でした。守るものを手放したからこそ、初めて踏み出せるものがある。身軽になるというのは、こういうことなのかもしれません。

与えてもらうことを待つより、「give」する側でいたい

もうひとつ、はっきり変わった気持ちがあります。これからの人生は、誰かに与えてもらうことを待つのではなく、自分から「give」する側でいたい、という思いです。

誰かに何かをしてもらうことばかり考えるのではなく、自分が誰かの役に立てる人でありたい。そう思うようになりました。そのためには、人のためになるスキルを、自分の中にちゃんと持っておかなければなりません。困っている人のお困りごとを解決できたり、自分が一生懸命やっている姿を見て、周りの人も「私も頑張ろう」とモチベーションが上がる――そんな存在でいられたら、と願っています。

30年間、理学療法士として目の前の方の体と向き合ってきた経験は、形は変わっても、これからも誰かの役に立てるはずだと信じています。与える側でいるために学び続ける。その姿勢が、これからの私の軸になりそうです。

学んだら、すぐ出す。チャンスを逃さず、すぐ動く

与える側でいたいと思うと、自然と「学ぶこと(インプット)」が増えました。そして気づいたのは、インプットしただけで満足してはいけない、ということです。

学んだことは、すぐにアウトプットする。やってみたいと思ったことは、チャンスを逃さずにすぐ行動する。働いていた頃は「もう少し準備してから」「もっと自信がついてから」と、つい先延ばしにしがちでした。でも今は、完璧を待っているうちに時間だけが過ぎていくことのほうが、もったいないと感じます。

これは、私がずっと大事にしている言葉ともつながっています。「今めんどくさいことは、歳をとるほどもっとめんどくさくなる」。だからこそ、思い立ったら、できるうちに動く。小さく試して、すぐ出す。その繰り返しが、これからの自分を作っていくのだと思います。

30年、同じ畑にいた。その強みと、弱み

30年以上、同じ職業・同じ領域で働いてきたことは、私にとって大きな財産です。長く続けてきたからこそ語れる歴史があり、たくさんの貴重な経験を積み重ねてくることができました。これは何ものにも代えがたいものだと思っています。

ただ、同じ畑にずっといたからこその弱みもある、と最近は感じています。それは、知らないうちに「固定観念」が体にしみ込んでいることです。「こういうものだ」「普通はこうする」という思い込みが、長くいればいるほど強くなる。せっかく身軽になろうとしているのに、頭の中だけが固いままでは、もったいないですよね。

だからこれからは、積み重ねてきた経験は大切にしながらも、考え方はできるだけ柔らかくほどいていきたい。新しいことを「それは違う」と決めつけずに、まず一度受け止めてみる。経験を土台にしつつ、頭は柔らかく。そのバランスを、これから意識していきたいと思っています。

たくさんの「歳のとり方」を見てきたからこそ

理学療法士として、私は本当に多くの高齢者の方々と関わってきました。そして今、自分自身が、かつて担当していた利用者さんの年齢に少しずつ近づいてきています。

現場で見てきたのは、年齢を重ねた方々の、さまざまな生き様でした。前向きに毎日を楽しんでいる方、体は不自由でも周りを明るくする方、反対に、できないことばかりに目を向けてしまう方――。どの姿も、私にとっては「これからの自分」を映す鏡のようなものです。たくさんの生き様を見せていただいたからこそ、その一つひとつを教訓にして、私はカッコよく歳をとっていきたいと思うのです。

そしてもうひとつ、体の専門家として強く感じていることがあります。これからの時代、今のような介護保険制度のままでは、増えていく高齢者を支えきれなくなるだろう、ということです。現場を長く見てきたからこそ、その厳しさは肌で分かります。

だからこそ私は、自分の体力と体は、今のうちから自分で作っておきたい。自分の足で立ち、自分のことを自分でできる体を保つこと。それは自分のためであると同時に、これからの社会を支えてくれる若い世代に、できるだけ負担をかけないための備えでもあると思っています。自分の老化を人任せにしない。これは、体の専門家としての、私なりの責任の取り方なのかもしれません。

これから自分が体験していく「老化」というものも、体の専門家の視点から、正直に発信していけたらと考えています。同じように歳を重ねていく方々と、この景色を分かち合えたら嬉しいです。

まとめ|頭が動くうちに辞めて、よかった

振り返ってみて、頭も体もまだついていける年代で仕事を手放せたことは、本当によかったと思っています。大きな不安はありません。あるとすれば、お金のこと、体力のこと、健康のこと――どれも、誰もが歳を重ねる中で抱く、小さな不安くらいです。

30年の肩書きを手放して見えたのは、思っていたよりずっと自由な景色でした。何者でもないからこそ、失敗を恐れずに挑戦できる。与える側でいるために学び続けられる。そして、自分の体は自分で作っていける。

いつも自分に言い聞かせている言葉で、今日は締めようと思います。今が、一番若い。体は、いつからでも変えられます。お金では、体力も、健康な体も買うことはできません。だからこそ、自分の足で立てる体を作っておくこと。それが、これからを生きる私にとっても、次の世代にとっても、一番の備えになると信じています。

身軽になった分だけ、これからの一歩は、きっと軽くなる。そう信じて、私はまた走り出します。

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