「お母さん」を卒業する|シングルで二人を育て上げた私が、子育ての終わりに思うこと

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シングルで二人の子どもを育ててきました。長いようであっという間だった子育ての日々が、末の子の巣立ちをもって、ひとつの区切りを迎えました。二人とも自立し、私の手はすっかり離れました。

「54歳からの身軽な暮らし」と題して、物や住まいを手放してきたこのシリーズ。今日は、いちばん大きな「卒業」――子育ての終わりと、そこで気づいた自分の気持ちの変化について、正直に書いてみようと思います。

立場が変わった――子どもが、私の「推し」になった

子どもたちが大人になって、いちばん変わったのは「立場」でした。気づけば二人とも、大人として、私の意見を軽々と超えていくような発言をするようになっていました。「お母さん、それは違うんじゃない?」「今はこういう考え方もあるよ」――そんなふうに、対等に、いえ、ときには私よりずっと先を見ているように話すのです。

少し前まで、私が手を引いて教えていたはずの子どもたちが、いつのまにか自分の足でしっかり立ち、自分の頭で考えている。その姿を見たとき、私の中で何かがすっと切り替わりました。もう私が守ったり、導いたりする相手ではない。これからは、私が応援する相手なのだと。

少し照れくさい言い方になりますが、子どもたちは今、私の「推し」になりました。手を離れたからこそ、一歩引いたところから、心の底から応援できる。あの子たちが何かを成し遂げたら、自分のことのように嬉しい。子育てが終わるというのは、関係が切れることではなく、こういう新しい形に変わることなのだと、今は感じています。

主語が「子ども」から「私」に変わって、戸惑った

子育てをしている間、私の毎日の主語は、いつも「子どもたち」でした。子どもたちが何をしたいか。何を必要としているか。それを中心に、一日のすべてが回っていました。それが当たり前で、疑ったこともありませんでした。

ところが、子育てが終わってみると、その主語が突然、自分に向きました。「私は、何をしたいんだろう?」――。長いあいだ、自分のことを後回しにしてきた私にとって、これは思いのほか難しい問いでした。正直に言うと、最初はずいぶん戸惑いました。自分が何をしたいのか、すぐには答えが出てこなかったのです。

子どもの予定に合わせて動くのではなく、自分の「やりたい」で動く。たったそれだけのことなのに、長年しみついた習慣を切り替えるのは、簡単ではありませんでした。手帳の予定欄が、自分のためだけに空いている。その自由に、最初は少しだけ落ち着かない気持ちにもなりました。

寂しさの向こうで、「よく頑張った」と自分を褒めた

もちろん、寂しさがなかったといえば嘘になります。あれだけにぎやかだった家が、静かになる。子どもの帰りを気にしなくてよくなる。その変化に、ふと胸がきゅっとなる瞬間は、確かにありました。

でも不思議なもので、その寂しさの向こうから、別の気持ちもわいてきたのです。それは「自分、よく頑張ったなあ」という、自分への労いでした。シングルで、二人をここまで育て上げた。決して楽な道のりではなかったけれど、二人ともちゃんと自立して、自分の人生を歩き始めてくれた。その事実が、何よりの「合格点」のように思えたのです。

誰かに褒められることではないかもしれません。それでも私は、自分で自分の肩を、そっと叩いてあげたくなりました。長いあいだ、お疲れさま。よく頑張ったね、と。寂しさと達成感は、きっと同時に抱えていいものなのだと思います。

何枚もの「レッテル」を脱いで、残った一枚

子育てが終わって、もうひとつ気づいたことがあります。これまでの私は、いくつもの「レッテル」を持っていました。「お母さん」という顔、職場で背負っていた立場という顔、そしてプライベートの私という顔。場面ごとに、私はそれぞれの役割を、知らず知らずのうちに演じ分けてきたのだと思います。

ところが今、その何枚ものレッテルが、一枚ずつはがれ落ちていきました。職場を離れ、お母さんという役割も卒業して、最後に残ったのは「自分」というたった一枚のレッテルだけ。そうなったとき、私はようやく、本当の自分がやりたいことを、自分で見つけなければならないのだと気づきました。それをしないと、自分がいったい誰なのか、分からなくなってしまいそうな不安があるのです。

でも、その不安があるからこそ、本気で自分と向き合えるのだとも思います。やりたいことを探すための、究極の「自分との見つめ合い」。ここからが、本当の自分を自分で引き出していく、作業の時間なのかもしれません。そして、これまで培ってきた経験を、これからどう活かしていくか。それもまた、自分次第なのだと感じています。

これからは、自分の人生に責任を持つ

子育てが終わって、いちばん深く感じたのは、ここから先の難しさでした。これからは、自分の人生を、自分で生きていかなければならない。当たり前のことなのですが、その重みを、今になって実感しています。

正直に打ち明けると、これまでの私は、どこかで子どもたちを「理由」にしていたところがありました。「子どものために」と思えば、自分のことは後回しにできる。自分の人生に正面から向き合わなくても、それを言い訳にできてしまう。子育ては、大変であると同時に、自分の人生の責任から目をそらせる「逃げ場」でもあったのかもしれません。

でも、その逃げ場はもうありません。これからは、自分が何をしたいか、どう生きたいかを、自分で考えて、自分で決めて、その結果も自分で引き受ける。ようやく、自分の人生に責任を持つという感覚が、自分の中に芽生えてきました。それは少し怖くもあり、同時に、背筋が伸びるような心地よさもあります。

物を手放し、家を手放し、そして子育てという大きな役割も手放した。残ったのは、何者でもない、ただの「私」です。でも、その身軽さの中でこそ、初めて自分の足で立てるのだと思います。

まとめ|子離れも、ひとつの断捨離でした

振り返ってみると、子育ての卒業は、私にとって「心の断捨離」でした。物を手放すように、子どもへの執着も、少しずつ手放していく。寂しさを抱えながら、それでも前を向く。そのプロセスは、これまで続けてきた身軽な暮らしの延長線上にあるものでした。

手放したからといって、子どもたちへの愛情が消えるわけではありません。むしろ、一歩引いたからこそ、いちばんの応援団として、温かく見守れるようになりました。子を思う気持ちは、ちゃんと心に残したまま。

「お母さん」という長い役割を卒業して、これからは、一人の自分として生きていく。戸惑いも、寂しさも、責任の重さも、全部ひっくるめて引き受けながら。身軽になった分だけ、自分の人生を、自分の足で歩いていこうと思います。

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